本日はお暇な古書堂です

「本の影に隠れた物語」は、古書堂「ビブリア」での日々を綴ったブログです。表紙の古びた本や、頁に染み込んだ人々の記憶、手にした瞬間に広がる静かな物語……。本に宿る「見えない物語」に焦点を当て、日常の中で紡がれる、知られざるエピソードをご紹介します。

本を通して過去と現在が交差する瞬間、あなたも一緒に味わってみませんか?訪れるたび、新しい物語が待っているかもしれません。古書が持つ不思議な魅力に、ぜひ耳を傾けてください。

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こんにちは、篠川です。

ビブリア古書堂には、時を超えて特別な物語を持った一冊が、時折ひっそりと姿を現します。今日わたしが出会ったのも、そんな一冊でした。

夕方、肌寒い風が店に流れ込む中、一人の男性が店を訪れました。少し緊張した様子で、手に布に包まれた古びた本を抱えています。彼が静かに近づき、その包みを丁寧に広げた瞬間、長い年月を経てきた重みを感じました。

「これは、祖父が戦時中に書いた日記なんです。ずっと家に保管していたんですが、最近になって、この日記を誰かに託した方がいいのではないかと思い始めまして」

彼の言葉には、祖父への敬意と共に、迷いが含まれているように感じました。わたしはその古びた日記をそっと手に取り、ページをめくりました。そこにはかすれた文字で、戦時中の体験が綴られていました。

「お祖父様の大切な思い出が詰まった一冊なんですね」

彼は頷きながら、遠い記憶を呼び起こすように話し始めました。


「祖父が初めてこの日記を僕に見せてくれたのは、僕が大学生の時でした。戦争の話をあまりしない人だったんですが、ある日突然、日記を差し出して『読んでおけ』と言ったんです。正直、驚きましたよ。

それまでは、戦争のことを話すなんて全く想像もできなかった。でも、祖父はその日、深いため息をつきながらこう言いました。『お前には、俺が体験したことを知っておいてほしい。もう時代が変わったが、忘れてはいけないことがある』と。

その日、僕は祖父が書いた日記を読みました。そこには、祖父が若かった頃の苦悩、仲間との別れ、そして戦後の混乱の中で感じた孤独が鮮明に綴られていました。特に、戦場で失った親友について書かれている部分は、読んでいて胸が痛みました。

『彼は俺を守って死んだ。それが俺の人生に影を落とし続けている』――そんな言葉が書かれていて、その時、祖父がどれだけの重みを背負って生きてきたのかを初めて知りました」


彼の声には深い感情が込められていました。祖父が戦争の中で何を体験し、何を抱えて生きてきたのか。それを孫に伝えたいという思いが強かったことが、わたしにも伝わってきました。

「お祖父様がその日記をあなたに読ませた理由は、きっと後世にその記憶を伝えてほしいという願いだったのでしょうね」

わたしがそう話すと、彼はしばらく黙り込み、静かに続けました。

「ええ、そう思います。祖父は、亡くなる少し前に、もう一度その日記を僕に手渡して、『お前に任せる。これを、必要とする人に渡してくれ』と言いました。祖父にとって、あの日記は生きる理由でもあり、同時に重い十字架だったんでしょう。それを僕に託すことで、自分の役目を果たしたかったんだと思います。

それからずっと考えていたんですが、やっと最近になって、祖父の言葉の意味が少しだけ分かってきました。この日記を一人で抱え続けるのではなく、次の世代に、そして知らない誰かに託すことで、祖父の思いが形を変えて生き続けるんだと」

彼の言葉には、深い決意が込められていました。祖父の記憶を自分だけのものにせず、未来へ伝えるために日記を託す――その重い役割を、彼はしっかりと受け止めていたのです。

「お祖父様の思いを受け継ぎ、この日記を次の誰かに渡すことで、新しい物語が生まれるのだと思います。時を超えて、その日記はこれからも生き続けます」

わたしがそう話すと、彼はほっとしたように微笑みました。

「そうだといいですね。祖父も、きっと喜んでくれると思います」

彼は静かに日記をわたしに託し、店を後にしました。


あの時、彼が残していった日記は、今もビブリア古書堂の棚に置かれています。時を超えて次の持ち主に渡る日を、静かに待ちながら。

本には、ただの紙や文字以上のものが宿ります。人々の思いや記憶、そしてそれを伝えたいという強い願いが、時代を超えて次の世代に受け継がれていくのです。それこそが「時を超えた一冊」の持つ力ではないでしょうか。

もし、あなたもビブリア古書堂でそんな一冊に出会ったら、その本が語りかけてくる物語に耳を傾けてみてください。その物語が、あなたの人生に新しい何かをもたらしてくれるかもしれません。

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プロフィール

篠川栞

自己紹介

古い本と向き合う日々を送っています。古書はただの紙の束ではなく、そこに込められた思いや歴史が詰まっています。わたしにとって本は、時間や空間を超えて、誰かと繋がるための大切な存在なんです。

だけど、正直に言うと…本ばかりを見ているわけではありません。時には、人と向き合うことも苦手だし、過去に囚われていることもあります。でも、だからこそ、静かに本を読み、その背後にある物語や人々の思いに寄り添うことが、わたしにとっての安心感になっています。

もし、古書やその背後に隠された物語に興味があれば、ぜひ話しかけてみてください。あなたがまだ知らない物語が、きっとそこにありますから…。

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