「本の影に隠れた物語」は、古書堂「ビブリア」での日々を綴ったブログです。表紙の古びた本や、頁に染み込んだ人々の記憶、手にした瞬間に広がる静かな物語……。本に宿る「見えない物語」に焦点を当て、日常の中で紡がれる、知られざるエピソードをご紹介します。
本を通して過去と現在が交差する瞬間、あなたも一緒に味わってみませんか?訪れるたび、新しい物語が待っているかもしれません。古書が持つ不思議な魅力に、ぜひ耳を傾けてください。
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この古書堂には、さまざまな本が集まります。新しい持ち主の元に旅立っていく本もあれば、ずっとここに留まっている本もある。その中には、わたし自身も思わず心を動かされるものがたくさんあります。
ある日、ひとつの古いアルバムが持ち込まれました。これは普通のアルバムではなく、戦前に撮影された貴重な写真が収められているものでした。古びた革のカバーをそっと開くと、モノクロの世界が広がっていました。どこか懐かしく、それでいて少し哀愁を帯びたその写真の数々は、何十年も前の時代を切り取っているものでした。
「このアルバム、誰のものだったんですか?」とわたしが尋ねると、持ち主の方は少し困ったように笑ってこう答えました。
「実は、僕もよく分からないんです。祖父の遺品の中にあったんですが、彼が撮ったものではないようで……ただ、なんとなく手放すのが惜しくて、今まで家に置いていたんです。」
写真に写っているのは、当時の街並みや風景、人々の日常の姿でした。戦前の日本の一風景が切り取られたものに違いありません。でも、誰が写っているのか、どんな理由でこのアルバムが作られたのか、はっきりしたことは分かりませんでした。ただ、その無名の人々の一瞬が、永遠にそこに封じ込められていることだけが感じ取れました。
「きっと、このアルバムにも物語があるんですね」とわたしは言いました。
「そうかもしれません。でも、その物語はもう語られることがないかもしれないですね……。持っていても、どうしても何かを感じることができなくて、それなら他の誰かが持っていた方がいいかもしれないと思って……」
そう言って、その方はそっとアルバムを置いていかれました。
その後、わたしはそのアルバムを何度も眺めました。誰かにとっては何でもない、ただの過去の断片かもしれません。でも、わたしにとってはその写真一枚一枚が、時間を超えて語りかけてくるように感じられました。まるでそこに写っている人たちが、長い時を経て自分の存在を伝えようとしているかのように。
わたしが扱う本やアルバムは、物語を封じ込めるものです。そして、その物語はときに読まれることなく、ただそこに在り続けることもあります。けれど、それがいつか誰かの手に渡ったとき、再びその物語が動き出すかもしれない。そう思うと、わたしは少しだけ胸が高鳴るのを感じます。
そのアルバムは、今もビブリア古書堂の片隅に置かれています。誰かが手に取る日を静かに待ちながら、時を超えて、眠り続けているようです。
本やアルバム、手紙――どれもただの紙の塊かもしれません。それでも、人の記憶や感情が染み付いたものは、ただの「物」ではなくなる。そう信じています。
今日もまた、新しい本が持ち込まれるかもしれません。そして、その本にもまた、知られざる物語が隠されていることでしょう。
次にその物語に出会うのは、あなたかもしれませんね。
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篠川栞
古い本と向き合う日々を送っています。古書はただの紙の束ではなく、そこに込められた思いや歴史が詰まっています。わたしにとって本は、時間や空間を超えて、誰かと繋がるための大切な存在なんです。
だけど、正直に言うと…本ばかりを見ているわけではありません。時には、人と向き合うことも苦手だし、過去に囚われていることもあります。でも、だからこそ、静かに本を読み、その背後にある物語や人々の思いに寄り添うことが、わたしにとっての安心感になっています。
もし、古書やその背後に隠された物語に興味があれば、ぜひ話しかけてみてください。あなたがまだ知らない物語が、きっとそこにありますから…。