「本の影に隠れた物語」は、古書堂「ビブリア」での日々を綴ったブログです。表紙の古びた本や、頁に染み込んだ人々の記憶、手にした瞬間に広がる静かな物語……。本に宿る「見えない物語」に焦点を当て、日常の中で紡がれる、知られざるエピソードをご紹介します。
本を通して過去と現在が交差する瞬間、あなたも一緒に味わってみませんか?訪れるたび、新しい物語が待っているかもしれません。古書が持つ不思議な魅力に、ぜひ耳を傾けてください。
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本を扱っていると、不思議な出会いが多いことに気付きます。
つい先日、ある年配のお客様が訪ねてきました。その方は、かなり昔に買ったという一冊の本を、大切そうに抱えていました。それは戦前の文学全集の一部で、もう長いこと棚に置かれたままだったそうです。持ち主の方は、若い頃にその全集を少しずつ集めていたのだと話してくれました。
「でもね、篠川さん、あの頃は夢中だったけれど、今はもう手に取ることもなくなったんです。この本に対する情熱も、どこかに消えてしまってね…」そう言って、その方は少し寂しげに笑いました。
その瞬間、ふとわたしは考えました。本に対する気持ちも、人と同じように時間と共に変わるものなのかもしれません。最初は大切にされていたものが、いつの間にか遠ざかり、静かに忘れ去られてしまう。それでも、その本にこめられた思いや記憶は、消えるわけではなく、ただ静かに眠っているだけ。
「誰か他の方に渡して、新しい物語を紡いでくれるといいですね」とわたしが言うと、そのお客様は少し考えてから、頷きました。
「そうかもしれない。でも、手放すのは少し勇気がいりますね」
その気持ち、わたしにもよくわかります。本というのは、単なる紙の束ではありません。その一冊が手元にあること自体に、何か特別な意味を感じてしまうんです。手放すことは、その時の自分の気持ちや思い出に一区切りをつけるようなものですから。
結局、その方はその日は本を持ち帰ることにしましたが、いつかまた来てくれるような気がします。次にその本を手放す時、そのお客様がどんな気持ちで決断するのか……それもまた、本の影に隠れた物語の一部なのかもしれませんね。
ビブリア古書堂では、いつもこうした静かな時間が流れています。本を介して、人々の心の中にあるものが少しずつ見えてくる。その過程は、決して派手なものではありませんが、わたしにとっては、とても大切な瞬間です。
今日もまた、誰かが本を手にし、そこから新たな物語が始まることでしょう。いつかその物語が再びこの古書堂に戻ってきたとき、わたしはどんな気持ちでその本を迎えるのでしょうか。
静かな期待を胸に抱きながら、わたしは今日も店の扉を開けています。
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篠川栞
古い本と向き合う日々を送っています。古書はただの紙の束ではなく、そこに込められた思いや歴史が詰まっています。わたしにとって本は、時間や空間を超えて、誰かと繋がるための大切な存在なんです。
だけど、正直に言うと…本ばかりを見ているわけではありません。時には、人と向き合うことも苦手だし、過去に囚われていることもあります。でも、だからこそ、静かに本を読み、その背後にある物語や人々の思いに寄り添うことが、わたしにとっての安心感になっています。
もし、古書やその背後に隠された物語に興味があれば、ぜひ話しかけてみてください。あなたがまだ知らない物語が、きっとそこにありますから…。