本日はお暇な古書堂です

「本の影に隠れた物語」は、古書堂「ビブリア」での日々を綴ったブログです。表紙の古びた本や、頁に染み込んだ人々の記憶、手にした瞬間に広がる静かな物語……。本に宿る「見えない物語」に焦点を当て、日常の中で紡がれる、知られざるエピソードをご紹介します。

本を通して過去と現在が交差する瞬間、あなたも一緒に味わってみませんか?訪れるたび、新しい物語が待っているかもしれません。古書が持つ不思議な魅力に、ぜひ耳を傾けてください。

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こんにちは、篠川です。

ビブリア古書堂の扉を開けると、外の世界のざわめきが一瞬で遠のきます。この店に流れているのは、時間の止まったような静かな空気。書棚に並んだ本たちは、まるで長い間言葉を待ち続けているかのように、静かに佇んでいます。わたしがこの店にいると、時折そんな本たちの声が聞こえるような気がすることがあります。

古い本の背表紙に手を伸ばし、そっと頁をめくる瞬間――わたしはその本が持つ静かな息遣いを感じます。新しい本とは違い、少し黄ばんだ紙や擦り切れた端には、年月の積み重ねが刻まれています。それは過去の誰かが何度も手に取り、何度も読み返した痕跡であり、その本が辿ってきた道のりを感じさせるものです。そこには、時を超えた静かな物語が宿っているのです。

今日、わたしが手に取ったのは一冊の詩集。1920年代に出版されたもので、著者は今ではほとんど忘れ去られてしまった無名の詩人でした。薄い頁には、儚げで繊細な言葉が並んでいて、その一つ一つが静かな風景を映し出しているように感じられました。

「心静かに生きていたい――嵐の外で、ただ自分の鼓動を聞きながら」

その詩の一節が、わたしの心に深く響きました。ページを閉じると、まるで店の中がさらに静かになったような気がしました。詩人が書き残したその言葉は、ただ過去の出来事や思いを語るものではなく、わたし自身の心の奥底にそっと触れるものだったのです。古書が持つ不思議な力――それは、単に昔の言葉を読むという行為を超えて、読み手に深い感情や思いを呼び起こすものかもしれません。


時折、ビブリア古書堂で働いていると「静かな頁の向こうに」広がる世界を垣間見ることがあります。それは、時代を超えて誰かと誰かを繋ぐ見えない絆のようなもの。たとえば、一冊の本の中に挟まれた手紙や、古い写真、何気なく使われたしおりが、偶然にそこに眠っていた過去の記憶を呼び起こすことがあるのです。

先日、ある常連のお客様が持ち込んだ本には、古びたしおりが挟まっていました。それは、1960年代の日付が書かれた映画のチケットでした。長い間、時代を超えて静かに眠っていたチケット――薄くなったインクでかすかに「日比谷映画劇場」と記されているのが読み取れます。

「このチケット、懐かしいなぁ……」

お客様は少し微笑みながらそのチケットを見つめました。「これは僕が初めて家族と映画を観に行った日のものです。当時はまだ小さくて、映画の内容よりも、その後に食べたカレーライスの味が印象に残っているんですよ」と、懐かしそうに笑いました。

そのチケットは、映画そのものだけでなく、その日の家族との思い出を鮮明に呼び起こしてくれるものでした。今ではもう存在しない映画館の名前と、色あせた文字が刻まれたその紙片――それは、時間を越えて人々の記憶と感情を繋ぐ鍵のようでした。

「こんな風に、時が経っても忘れられない瞬間って、ありますよね」とわたしが言うと、お客様は静かに頷きました。

「そうなんです。あの日の出来事は、もうずいぶん昔のことなのに、こうして手に取ると、まるで昨日のことのように思い出せます。味覚の記憶って、なぜか強く残るんですよね」

わたしはその話を聞きながら、物の持つ記憶や感情の力について、改めて考えさせられました。映画のチケットというただの紙片に過ぎないものが、時間を超えて家族との思い出を繋ぎ、さらにその物語を他者に伝えていく――それが本や古い物たちが持つ静かな力なのだと感じました。


古書を扱っていると、いつも感じるのは「静かな頁の向こうに」隠された物語の存在です。それは、書かれた文字や物語だけでなく、その本に触れた人々の記憶や感情、その背後にある人生そのものです。古い本は、新しい本とは違った意味で、過去の時間や誰かの心をそのまま閉じ込めています。それに触れることで、まるで過去と現在が一瞬繋がるような感覚になるのです。

ある本は、読まれることなく棚の奥で眠り続け、やがて忘れ去られるかもしれません。しかし、その本が次の誰かの手に渡るとき、また新しい物語が紡がれ始めます。人々がその本に触れ、内容を読むだけでなく、時にはその本の裏側にある思いを感じ取ることで、静かに眠っていた物語が再び息を吹き返すのです。

「静かな頁の向こうに」広がっているのは、ただの過去の記録や言葉だけではありません。そこには、時代を越えた思いや、過去の誰かが感じた感情、そしてそれが新しい読者に伝わる瞬間の温かさが詰まっています。わたしはそのことを思い出すたびに、本が持つ力を改めて感じます。それは、ただの紙に文字が印刷された物理的な物ではなく、過去と未来を繋ぐかけがえのない橋のようなものなのです。


今日も、ビブリア古書堂には穏やかな時間が流れています。外の世界がどんなに忙しく、激しく移り変わろうとも、ここでは本たちが静かにその時を待っています。そして、次に誰かがその頁をめくった時、また新しい物語が生まれるでしょう。

あなたが次に手に取る本の「静かな頁の向こう」にも、きっと知られざる物語が隠されています。どうかその本を手にした時、その静かな声に耳を傾けてください。そして、その本が語りかける物語が、あなた自身の人生に新しい何かをもたらしてくれることを、心から願っています。

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プロフィール

篠川栞

自己紹介

古い本と向き合う日々を送っています。古書はただの紙の束ではなく、そこに込められた思いや歴史が詰まっています。わたしにとって本は、時間や空間を超えて、誰かと繋がるための大切な存在なんです。

だけど、正直に言うと…本ばかりを見ているわけではありません。時には、人と向き合うことも苦手だし、過去に囚われていることもあります。でも、だからこそ、静かに本を読み、その背後にある物語や人々の思いに寄り添うことが、わたしにとっての安心感になっています。

もし、古書やその背後に隠された物語に興味があれば、ぜひ話しかけてみてください。あなたがまだ知らない物語が、きっとそこにありますから…。

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